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11/21/2009 キサラギ11月20日 映画『キサラギ』を観ました。小栗旬くんの演技を見ました!意外です。 9/7/2009 青山七惠的芥川奖前后 5月7日,日本第35届川端康成文学奖获奖作品揭晓,最终入围的6部作品中,26岁的新锐作家青山七惠凭借短篇小说《碎片》脱颖而出,并创下这一奖项的最年少获奖记录。尽管前有19岁的绵矢丽莎和20岁的金原瞳美在2004年第130届芥川奖中双双折桂,制造了获奖者低龄化的神话,青山七惠本人在2007年获得该奖(第136届)时也未满24岁、在最年少获奖者中排行第七,但川端奖一贯只授予技巧纯熟的老练的作者。在日本纯文学领域的几大评奖中,芥川奖作为最有影响力的奖项之一着眼于发掘新人,近年来呈现出获奖者低龄化以及母语非日语的作家频频在此崭露头角(例如第138、139届中国作家杨逸,第141届伊朗作家席琳•内泽玛菲)的特征。川端康成文学奖则为表彰前一年度日本国内发表的最优秀的短篇小说而设,对于此次得奖,青山七惠自己也表示“喜出望外”,这一高度的褒扬可以看作是她在文坛日趋成熟的一座新的里程碑。
上海译文出版社引进出版、竺家荣女士翻译的《窗灯》,是青山七惠在2005年的出道作品。出生于1983年1月的她同年3月毕业于筑波大学图书馆信息学专业,在一家旅行社工作了4年,最近辞去工作成为一名职业作家,并笑称要写作到老。《窗灯》写于大学毕业前夕,充满了不确定的情绪,当年她藉此作品获得河出书房新社的文艺奖,从而登上文坛。文艺奖素有纯文学新人“登龙门”的美誉,近年为中国读者所熟悉的青春作家绵矢丽莎(《安装》、《蛇舌》)、白岩玄(《野猪改造计划》)、三并夏(《平成机枪》)均是从这里进入文学爱好者的视野的。巧合的是,绵矢丽莎、白岩玄也与青山七惠一样,是在先得到文艺奖之后,继而获得芥川奖提名的。 在《窗灯》这篇小说中,读者可以感受到大学退学女生公绿藻充满矛盾的情感和被不安包围的孤独。“窗帘在晃动。”晃动的窗帘挡住了窥视者绿藻的视线,她担心自己被陌生人窥视,可又按捺不住窥视他人的冲动。她渴望与人交流,但又懒于介入他人的生活。她喜爱打工小店的老板御门姐,却又对她的生活方式抱有怀疑。随着一个个夜晚的流逝,被观察的陌生人的平淡生活,随着绿藻的内心动荡而呈现出喜怒哀乐,她在观察他人的同时也逐渐地向自己的内心接近。在小说的最后,一阵偶然的夜风将晃动的窗帘卷起了一半,一向只有模糊轮廓的脸一下子显露在绿藻的面前。窥视者与被窥视者唯一一次互相正视的交流,证实了绿藻长久以来的顾虑——窥视者同时也在被他人窥视着,但是此时的绿藻并未显得慌乱。看似迷茫地虚度着青春的她,对于种种的苦恼,其实心中早已有了答案吧!
著名作家石原慎太郎在评点青山七惠的芥川奖获奖作品《一个人的好天气》时曾提到:“我所关心的是,今后,她跨出目前所处的世界,在外界与他人如何相遇,相遇之后如何剧烈地深深地受伤或得偿所愿,那种或痛苦或欢喜的体味,她又将如何去描绘。”本书收录的另一个短篇《村崎太太的巴黎》也许可以看作她对石原的回复。这是青山七惠在2007年获芥川奖之后为河出书房出版《窗灯》文库本而特意创作的一则轻松小品。虽然将不起眼的写字楼保洁员村崎太太作为了标题,内容本身却旨在将在旅行社里刚走上工作岗位不久的年轻人塑造为主角——亦可看成是作者自己的真实体验——虽然每天机械地工作,机械地与同事交流,整个世界看似对自己漠不关心,但是只要心中还留存有对遥远的巴黎的憧憬与幻想,就能缩短与世界的距离。
青山七惠通过对一段段日常生活精准的描摹,间或穿插的奇思妙想,不仅仅刻画出了身处寂寞生活中的主人公所感受到的人性的矛盾和对广阔世界怀疑的心理,也巧妙地向读者提示了解决这些疑问的出口。这是两篇作品的相通之处,也是使得她写的故事读来平淡而不枯燥、重复而不疲倦的技巧之一。 1/19/2009 私は貝になりたい今までみた戦争映画のイメージとかなり違います。 去年Sゼミの時、先生も言及した映画ですが、 何を伝えたいかが分かりません。 景色は綺麗ですが、中居さんは演技が上手ですが、 なぜか、肝心なところなのに、何回も笑いたかったです。 正しく言えば、中居さんは頑張っているところこそ、笑いたかったです。 分からないところが多いです。 ストーリとして、 BC級戦犯の裁判についての映画・ドラマは初めてです。 でも、それは真実とか、真実に近い様子とは思いにくいです。 中居さんは1944年に戦場に向かい、たいした時間経ていなかっただろうか、 戦争に対しては、何も感じられなかったのですか(怒) さっさと幸せな生活に復帰できたのはいいですが、 長官に厳しくされたのに、その重圧から解放された後も、 家族に一言も言わなかったのですか。 その映画化されなかった数日間が知りたいですよ~ そして、巣鴨の中では、本当にそうなったのですか。 (そうしたら、米軍は蒋介石よりやさしかったというべきですよ、 重慶歌楽山の監獄、一度みにいきたくなりました) 家族と面会する時、米軍兵士はそんなにやさしくしてくれたのは想像しにくいです。 (監獄の食器は、現在中国の大学食堂で使われているものと同じですが。。。ショック) それから、映画が表現したいのは何か? アメリカの裁判はいい加減で、とりあえず自分側の兵士の死に日本兵の死で慰めてあげたい? なぜ助命嘆願書は役に立たなかったのですか? 和平条約締結直前、なぜ中居だけを処刑したのか、まさか嘆願書のせいなのか、 そのやり方って、成功した先例なんかないでしょうか。 アメリカ大統領って言ってる瞬間中居の目は、単純だか滑稽だかどっちを言ったほうが適切ですか。 よく分かりません。 既にアメリカと敵になっているくせに、助けてくれると信じるわけはないでしょう。 不適切な言い方ですが、 彼らはアメリカ人にそう厳しく裁判されたことが嫌いとは当然ですが、 でも中国戦場で人を殺した兵士は、ちゃんと生きているじゃん! いったい何を批判しているのですか? 戦争?権威(上官=天皇)?殺人命令? やっぱり、本人もよく分からなかったようですよね。 それはいいとして、そもそも、この映画の内容は薄すぎ たとえ主人公と関わった事件、人物を壁と比喩すれば、 壁の外の空気はぜんぜん入ってこなかったです。 だから、ほかの人とあまり意見を交換したこともないし、 中居の考えもどんどん内向的になり、最後は「貝になりたい」とはいきなり感が強い 家族愛を描くくせに、いきなり一人で貝になりたいとはどういうことですか。 その後、仲間由紀恵たちは、どうやって生きていくのですか。 まったく分かりません。 同じ戦争映画なら、「大日本帝国」のほうは百倍以上インパクトだし、せつないと思います。 PS:「絶唱」の三浦友和と「大日本帝国」の篠田三郎とは、やっぱり知識を持つ青年だから、中居と違ってもっと心強く見えるかもしれません。。。? 5/26/2008 気持ちは難しいMy Teacher:これ、中国語に訳してもらえない?やっぱり難しい? ゆるゆる:(読む)...あっ、えー、(無言)... 翻訳とは、外国語の間、あるいは方言の間にだけではなく、違う世代の間にも存在するでしょう。地理的な要素も、歴史的な要素も、含まれているでしょう。 これは、言葉の魅力とは言えるですが、難しいところです。しかも、その二つの要素以外にも! 例えば手紙を書く場合ですね。 少し前の時代に、中国人も敬語を使っていました。手紙を書く時、特に複雑な敬語体系や決まり文句をいっぱい使っていました。今の書き方にも少し影響が残されていますが、実際私文書はもう好き放題に書いてもいい、と私は思っています。 お茶を入れて、綺麗な便箋を敷いて、書き始めましょう。 親愛なる(氏名、愛称) . . . 思う通りに書けばいい私的な手紙は実にすばらしい思い遣りの絵巻です。 しかし、公文書の場合は、これでは駄目ですね。また、ビジネスの手紙も、こんな感情溢れたような言葉はむしろ邪魔と思われます。同じことを伝える時、伝える側と届く側との位置関係によって、気持ちも変わるでしょう。 言葉そのものは、一対一の対応関係なんかは、外国語との間に存在していないと思います。常に言葉を使う人によって、位相が変わるようになります。あくまで一部の言葉の変わる範囲がそんなに広くないということです。こうして、翻訳は単語+文法の問題から気持ちの問題に転化するようになります。ゆるゆるは、人の気持ちが読めないです。 「親愛なる某々」を書かなければ、手紙が書けないばかでございます。 5/23/2008 吾輩は猫である普段はなかなか見るチャンスがない映画です。
この度は市川崑監督を記念するため、蠍座に上映されることになっています。
見る前に、小説をどのように映画にすればいいかしらと少し思っていました。
[それほど厚い小説に断片的なドラマしか見られなかったと思ったのは私の失敗です。ちなみに一番好きな漱石作品は『こころ』と『それから』]
原作をもう覚えていないですから、映画に対する期待は二つだけ残っていました。
映画はどのように繁雑な日常からそれぞれの人物像を抜き出すのですかと
篠田三郎さん~~彼はいくつかの文学名作の主人公を演じていましたが、まだ一度も見たことはありません。
とはいえ、この映画では主人公ではありません。
仲代達矢です。
化粧の髭のお陰で、漱石の自画像とものすごくそっくり見えます。
そこそこ少し不自然な感じもします。映画より舞台のほうに近い演技だと思っています。
ほとんど室内で撮影されたものでしょうが、吾輩と黒と追いかけるシーンだけは草のなかですから、そこも微妙ですが。
何回も笑い出しました!
小説を読む時、正直に言えば、あまり笑ったことはありませんね。
教科書に「ユニーク」「ユーモア」と書かれても、そんなに面白く読めませんでした。
あの時私もまだ物知らなかった...のせいですか?
映画館には10人ぐらいの少人数で、大きな笑い声は絶えなかったです。珍しいことかしら。
[ちなみにメビウスを観る時、2人しかいなかった。しかし、叫ぼうとする衝動を我慢した...残念]
文字のせいで[音声を考えないものなので、失礼]、苦沙彌=くしゃみのことが初めて分かりました[反省]
映画は漱石=苦沙彌を強調して、鏡子夫人のことにも力を入れましたね。
『道草』にあのように酷く書いてありますが、明治夫婦の間に存在する愛情は本当に不思議なものですね。
子供のこともそうですし。
猫を可愛がっている漱石は、本当はものすごくさびしくて、人間愛がたっぷり欲しがる人ですよね。
なのに、なぜ人間不信の意識もそれほど強いですか。
映画の最後まで、猫の死をめぐって、夫婦はようやく一致になりました。めでたし、めでたし。
篠田さんは2場所だけ顔を出しました...たりない、たりないよ。金閣寺が観たい~
5/18/2008 坏人们 这不是一部很好看的日剧。但是……
曾经决心将一生献给护理事业的米仓爱上自己医院的院长,明知他有很多女人还是心甘情愿与之交往。一天,院长的情妇之一龙子跑来医院大闹,称院长协助自己投毒杀死丈夫,威逼院长与自己结婚。情急之下,米仓提议干掉这个女人,于是两人第一次成为共犯。原本以为共同犯下的罪孽可以成为两人一生的羁绊,不料院长还是爱上别人。甚至这次也还不是一心一意——离婚、结婚以及医院的经营都需要钱,捉襟见肘的院长转而请另一情妇千世帮忙,千世开口便要求院长帮忙杀死自己的丈夫。米仓拒绝了第二次杀人,并且从中阻止,可惜功败垂成(胳膊拧不过大腿!)。受到院长和千世的双重威胁,米仓心灰意冷,对爱慕自己的院长的律师下见泽吐露了全部实情。
故事进行到这里,饰演下见泽的北村已经帅得不可一世~~~对米仓提议不用自己动手而使院长胜败名裂,那么他一定有这个能力吧。虽然是院长的律师,一切听由他安排,甚至接纳了他[不要]的女人,但他的心眼手腕或许该在院长之上。听完米仓的述说,沉思着,沉默着,一把将米仓揽进怀里。说来米仓啊,明知院长与自己不是一条绳上的蚂蚱,还不速速挣脱魔窟,扑进北村的怀抱算了。联想到《不忠时刻》,还真是同情米仓jj的角色啊。
明明身后就有坚实的臂膀,却不能回头一望。 5/2/2008 初めは皆騙された某院生は最近よく自分が騙されたという「苦情」を幸せそうに訴えているのですから、このタイトルをしました。 以下はゆるゆるの騙され話です。 1.きっかけ 東北帝大時代の卒業生名簿に、尋常と思いかねる一人の名前が気にかかっていました。① 調べると、ある名高い日本文学者の実弟らしい・裏付けは足りたいですが、間違いないと思います。② 続いて調べると、その名高い日本文学者の父さんは清の外交官→辛亥革命に同情を寄せる人物です。③ その外交官の実弟は新文化運動の先鋒の一人、魯迅先生の親友、中国「国語」を作った人物です。④ その言語学者の次男は、国に生涯を捧げた物理学者です。⑤ ②-⑤すべては中国ではよく知られる人です。 ②-④はみんな東京に居ていたのに、なぜ①だけは札幌だったのですかね。かわいそうに。 2.事件 ②について、以前知らなかった事実はいくつかも浮かび上がりました。 A.魯迅の実弟周作人の大親友 B.華北政務委員会時代国立北京大学学長 C.文化大革命によって打倒され、死去 ・ ・ ・ 彼(銭氏)は、『源氏物語』の中国語訳を図りましたが、Cによって実現できませんでした。今中国大陸に唯一信頼できる訳本は豊子愷が訳したもので、豊氏も文化大革命の頃、死去しました。近年銭氏の訳も高く評価されて、豊氏の訳よりも水準が高いともしばしば言及されています。 出版社側、銭氏の校正・編集担当に当たるのは文女史(夫も有名な翻訳家)で、豊氏の『源氏』にまえがきを書いたのは中国社会科学院日本研究所に勤める葉氏です。文氏が編集した芥川龍之介集しか読んだことないに対して、葉氏と奥さんの唐氏が編集した川端三島谷崎など大物の文集と作家の伝記、日本文化・文学の読み物を数十冊を読みました。 問題になるのは、漱石「吾輩は猫である」を翻訳した劉振瀛氏の作品として、雑誌に載せられている和歌は実は1.②の銭氏の作品です。これは、あくまで編集の文氏と唐氏とのミスに過ぎないが、いろいろ原因で責任が劉氏に背負わせてしまったのです。また、この事件に影響を与えたもう一人の翻訳・編集李芒は『万葉集』を中国語に訳しましたが、この人も器が小さく、1995年に中国で開かれる予定の三島由紀夫シンポジウムが李の密告によって白紙に戻り、三島をめぐる軍国主義論と中日関係と結び付けられたそうです。今から見れば、万葉集事件も三島事件もいずれもふざけんな、当事者いずれもばかやろうと言っても過言しないですが、まさに、現在のゆるゆるはもう自分で判断できると思っています。 3.苦情 ところが、1995年とは川端康成文集が出版される年で、ゆるゆるは1996年から4年間かけてやっと10冊を揃えました。その時初めて葉氏の名前を知り、彼が書いた親切な解説で日本文学の世界に入ってきました。確か訳の質もあまり良いと言いにくく、日本文学文化論も翻訳・編集に過ぎないですが、それぐらいまとめることができたのは、当時中国に彼しか居なかったとして、今も超える人がなさそうです。 一方、文豪翻訳家の奥さんとして、文氏のやり方にも問題がいっぱいあると思います。今さらになっても、民族感情を強調して、三島文学を政治問題として取り扱うことは、もはや中国ではありえないことです。しかもそれはライバルの三島研究を否定しながら、自分が翻訳させてもらうことのように見えるのですから、実に彼女の業績に相応しくないです。 なお、日本文化に対する態度から見れば、やはり葉氏夫婦のほうはもっと誠実で、冷静だと見られるのですが。 とりあえず、限られる資料で、事件の真実はいまいちよく分からないですが、唯一確認できるのは、ゆるゆるが騙された 勿論、2008年の中国日本文学研究界はもう少数エリートの自宅の裏庭ではありません。しかし、世の中に満たす問題だらけの本はこれからも青少年たちを毒害し続ける懸念があります。まあ、他人のことはもうどうでもいいです。ただし、売国奴の名を堪忍しながら、「源氏」や西鶴などをきちんと翻訳していた銭氏、周作人氏、また豊氏のことは、本当に切なく思っているのです。 3/27/2008 「たそがれ清兵衛」『母べえ』を観ました。 吉永小百合さんに五体投地です~ 初めて観た彼女の作品は、あれ、伊豆の踊り子だっけ なんとこの月日の流れは、当たり前ですが、やはり驚きました。 彼女のお陰だろうか、ずっと友人に酷評された志田未来ちゃんの演技も ますます上達になりました。 妹役の佐藤未来ちゃんも、無邪気にとても可愛いです。 道具、町並みなどは時代の感覚はぴったり合います。 気になったのは「3丁目の夕日」は、光線がなぜか不自然な感じでしたから。 戦争はすべてを奪いました。 戦争に反抗する唯一の道は生き抜くことです。 (中国の)昔の戦争映画はほとんど「生は偉大死も光栄」というようなテーマが裏に押し付けられて、生き残るのはただ「幸運」だけと取り扱われ、人物の積極的に選択したものではないというふうに描かれたのですが、最近もだんだん変わってきました。 [90年代のドラマと言えば、生き抜く物語がありますが、当時はそう理解できなかったです。] 治安維持法、検閲、遥拝、徴兵忌避、赤紙、贅沢禁止、供出など 中国の一般人にとっては、想像はできるが「あれ、日本にはあったんだ?」と驚くかもしれない名詞がいっぱい出てきました。 妹のてるべえが食べたかったカステラとすき焼き、 似たような事件で、違う結局が来て、心が一層痛くなりました。 一々細かく語られるが、クダクダの感じはしませんでした。 緊張したり、ほっとしたり、笑ったり、泣いたりして おじさんもおばさんも隣組の組長も鮮やかに描かれました。 父との対決は、やや残念な気がしますが。 ただ最後の部分、山崎さんの死、その後、いきなり平成に入り、 おい、ちょっと と叫びたかったです。 考えれば、『たそがれ清兵衛』と似た感じです。 同じ片親と二人娘の平凡な生活。 同じ外から助けにやってきた善い人がいる。 同じ父親と母親(義理でも)の強い意志のお陰で、苦難を乗り越えられたのです。 同じ些細な幸せ。 同じ山田洋次監督。 最後、確かに山田氏らしい。 ps:先週の木曜日にも観たかったけど、休日+春休みなので、チケット買いを待つ人がエレベーターまで詰み込んでいた。上映まで買えなかったT_T今日も人が多かった。のび太もワンピースも大人気そうだ 3/12/2008 郵便局が好きですガス、電気、携帯、電車…日常生活離れられないものがたくさんあります。この中一番好きなのは、郵便局です。 比較的によく行くのは北大病院前の郵便局ですが、最近駅の郵便局にも頻繁的になりました。私はゆうちょ銀行を利用しないので、行くのはすべて郵便の依頼です。お姉さんもお兄さんもいつも親切だし、並びもほとんどいらないし、圧迫感はない場所です。 中国の郵便局はやや乱暴ですが、それでもサービス業で一番親切感を持つのです。乱暴とは届く途中郵便物の扱い方をさしていますが、実際、何回も本を送ったことがあり、損害はなかったです。そして、F大の近くの郵便局は、いつも「2週間ぐらいかかりますよ」と言っても、実際5日間もう届いたのです。 このようなことは日本にも会いました。この前の金曜日、上海の友人にお祝いのチョコを送りに、北7条に行きました。そこのお姉さんはすばやいスピードでチョコを大型封筒に入れて、750円を求めました。SALよりも安いですが、封筒で大丈夫ですか~と不安でしたが、今朝、友人から「もう届きました~」と連絡が来ました。そういえば、最近上海郵政ももっと丁寧になったのかな、とりあえず嬉しかったです。 昔日本文化か日本社会についての本を読む時、郵便局が何でも手紙として届けるというおおげさな言い方も出てきました。確かにお金とお菓子も封筒に入るのは奇妙なのですが、多分日本の方から見れば、中国の郵便局も不思議でしょう。できれば、自分を手紙にして実家に送りたいです~ もう一つは、印刷が失敗になったハガキは交換できること。郵便公社以後は交換料金をかけるようになっていますが、やはり気遣いが良い措置だと思います。えーと、聞きたいですが、手書きの場合も、ミスをしたら交換できますか?(笑) そして、留守の時届いた郵便物に関する再送達システムもすごく良いと感心します。インタネットで申し込むと、2分間済ませます。ただし、毎回も朝9時半に来たので、この時間帯は、もともと無理でしょうか、そして、送達の人も大変でしょうか、と思います。 中国の場合、EMSだけは直接に家まで届けるので、ほかの小包とか送金とかなどはまずお知らせが来て、このお知らせと身分証明を持って、郵便局に行かなければならないです。実家の近くに大学郵便局があるので、まだ行けますが、たまにも変な遠くの郵便局で取り扱うので、不便でした。あと、以前、送金などの依頼票はただでしたが、いつの間にか有料になり、ひどいです。まあ、以前は郵便と電話と一つになっているので、かなり儲かる会社でしたが、現在は郵便だけが低い料金を維持して、電信と携帯の会社が勝手に世間のお金を奪っているのですから。 あまり価値がないことを書きすぎた感じでした。 読んでくれた皆さんに悪かったです。ごめんなさい。 やっぱり郵便局との付き合いは、どこかの誰かを思いやったり、どこかの誰かに思われたりする気持ちなので、楽しいです。 ※某コンビ二の大昔(?私の時空感覚は正しくないかも)の抽選であたったトスターが予告なく届きました。 コンビニに愛されてもとても嬉しかった馬鹿ゆる今月のRPは危ないですよ 3/4/2008 坊ちゃん昨日から坊ちゃんを読みなおしている 実は日本語版は初めて! 分からない単語、結構あった! でも全体的な意味が分かっている そんなに中国語版を読んだことはないけれど まさか 坊ちゃん団子を食べた自分も 坊ちゃんっぽくなったのか 坊ちゃん団子を買ってくださったのは うちの上司様 今日は今年度芥川賞候補になった中国人女性作家の新聞記事を読ませた 小説を書いてくださいって言ってくれたんだ 無、無理です こころは狭いですから BTW:北大には、明治時代から中国人(清)留学生がいた どんな人たちでしょうか 2/27/2008 雪が綺麗ですね漱石は教師時代に「I Love You」を「月が綺麗ですね」と訳した逸話がある
日本語独学の時もう既に「愛してる」と「好き」との区別が分かっているが あそこまで出来たのは、やっぱり我が愛する漱石しか。。 「ウルトラマンエース」のなか、 夕子さんは一回だけ、星司さんに 「織姫と牽牛は恋人同士なの?私たちは一体何なのかしら?」と告白したが、 星司さんはあまり鈍感しすぎので、きちんと返事してなかった。 でも、第22話の冒頭、つまり 「だってぇ、デートに誘ってくれたことなんて一度だってないじゃない?」と夕子さんに皮肉される前に 星司さんは月が綺麗ですねのような話をしたんだ。 デートなんか、元々二人にとって必要はないと思える 恋人同士かどうかにかかわらず、ずっとそばに居てくれて、一緒に綺麗な月が見られればもう十分でしょう。 ほかにも言えるのは 例えば 夕子さんが言った「地球のために」とは「あなたのために」と、 星司さんが言った「僕の妹だ」とは「僕の愛する人だ」と理解できるでしょう。 だから、昔よく言った「あの店は美味しいよ」などは 一緒に食べに行きたい、一緒に美しい風景が見たい、一緒にとりあえず一緒にいたいの気持ちが込められたはずだ。 逆の場合、よく言われた「あなた遅い」「余計な元気」「うるさい」などを 言ってる人は私が嫌いと理解している。 「帰ってこない」とか。 ただし、以上の言い方より、「あなたが嫌い」のほうが割と優しい気がする。 2月の雪が綺麗ですね 足は紫の色です 卒業したいです!!! 2/5/2008 夢十夜占い2年前、夢十夜の映画化、知らなかった。 恥ずかしい。。。 ゆるゆるの結果は以下の通りです。 微妙な幸せ…。幸せと同時に小さな悩みがチラホラ出てきそう。よくも悪くも人並みの幸せといったところ。そんなあなたは、新鮮な果物の夢をみるといいでしょう!果物の夢を見たら再度チェックしてみてね! 漱石さんから一言 人並み、というのが簡単なようで一番難しいことかもしれん。自分の身の丈にあったことをするのが良いのかもな。そんな貴方には「第六夜」がいいのではないかな? http://www.yume-juya.jp/ 1/14/2008 ともにいるよ留学生センターの関道子教授は、土曜日の夕方、千の風になりました。 エンちゃん、ワイ駅ちゃん、ネコちゃん 今日は関先生のご葬儀式場に伺いました。 カードを差し上げました。 北大の先生と留学生とがたくさん行きました。 関先生の誕生日は1月7日なので、ちょうど60才で、この世を去りました。私は去年、留学生センターの授業を履修していませんでしたから、先生との交流は少なかったですが、一番印象深いのは日本舞踊教室の時、先生はある留学生の持ってきた華やかな民族服装を着替えて、喜んで写真を撮ったことです。その時、先生は、首の付近の傷痕を指して、「私は癌です」と教えてくださいました。その時の顔は、とても喜びそうで、全然癌の患者に見えなかったです。 その後は、あまり関先生と会っていませんでした。留学生センターの人たちは、きっともっとたくさん話せるでしょう。 今日の葬儀は北大に近い教会で行われました。人が多すぎで、一階のホールでテレビ中継を見ているのでした。お祈りが終ったあと、みんな献花いたしました。 関先生の遺言は「ともにいるよ」だそうです。 エンちゃん、先生は行かないですよ、だから、今までのように、元気を出して、頑張ってね 1/4/2008 スマイル陣内孝則さんのストーリを語り方が素晴らしい
森山未来さんの登場はまるで忍者みたい
その後も橙色の壁に偽装した。面白すぎる
岡本杏里ちゃん、映画に入る発想はamazing
でも、他の観客に怒られなかったか
ケースに隠れることも面白い
誇張的な表現はちょうどいい
もともと不思議なストーリでもあるから
小学生の惚れ顔、空に飛んでいる鼻血、あり得ないほどの熱血応援団、すべてはクリスマス・正月にあうね
オペラ、お母さん、親子になること、勝ち、結婚、すべては奇跡だと言えるね
ただ一つの遺憾(重すぎるけど)
笑ったり、泣いたり、スクリーンに見慣れた身近い風景が映されると叫んだりして、
アイスホッケーが全然分からなくても感動した
このような映画はやっぱり好きな人と一緒に見ったほうが最高だ
泣いたとしてもスマイル~
ありがとう^^ 11/27/2007 実験 M9~M13年北大(札幌農学校)の学生名簿を見た。 本科と予科からなっていた。北海道に来た学生は水準がばらばらなので、学力不足の学生が予科で最大5年間も過ごしたことある。 M9年は予修科と呼ばれて、後予科、予習科など、さまざまな名称に変わったのだ。そして、M9年は最初の年で、本科にも予科にも一つの学級しかなかったが、M10年から、予科は1~3級に分けられるようになった。本科も1~4年に分けられたが、本科の4年は最上級とされたに反して、予科の1級は最上級とされていた。M9~M11のデータを見た時、留年も一つの要素として考慮した上、この三年間一体誰が上級生か誰が下級生かはかなり混乱した。運が良くて、やっと分かったのだ。 大学史も面白かった。それを読む時、以前読んだ『日本科学史』の話を思い出し続いた。維新以降日本学制の改革は、なんとなく中国現在学制の由来がそれに学んだ、あるいは同じ先生に学んだのだと感じる。(間違いないね^^) でも、学制改革の最中、いろんな混乱が起こされたのは想像しかねないだろう。M9年は初級生で、M10年は2級生になり、これだけを見たら、進級だと思うはずなのに、実際は留年だ。ある方はM11年に1級生になり、ある方はまた2級生のままで、この場合、まさか評価基準が変わったので、前者は1年生に戻ったかなとも考えられる(でしょうか)。帰省した時、自分の学級を言うと、親族に誤解されたことがあるのか。また、『三四郎』のよう、当時の大学院は現在の大学に相当するらしい。しかし、本当の状況を知らなかった読者は間違えた判断をした可能性が高いだろう。 実は自分も学制改革の参加者・実験の対象だ。小学校で受けた語文(中国の「国語」授業の名称)は、理念も方法もテキストも同年目のほかのクラスと違うのだ。これとセットとなっている5・4・3学制は、地元で実現しなかったので、結局小学校は6年まで延長されて、普通の生徒と同じように普通の中学生になった。(実験の影響といえば、違う小学校の実験的クラスの生徒は、中学校、高校でよく友達になれること―.―) とりあえず、私は実験動物だった。 いろいろの意味で、私たちは実験動物だ。 学制だけではなく、さまざまな制度における実験に参加しているのだ。消極的に受けるのだけではなく、自分自身の行動によって、実験の結果を直しつつあるのもである。 11/17/2007 漱石は売れっ子作家木曜日のK○講義で、氏が曰く 「こころ」の初出は朝日新聞で、現在で言えば一般人に読んでもらうための小説です。当時の夏目漱石は今の渡辺淳一のような売れっ子作家です。…(以下省略) =============+++++++++++++================ それは本当にそうですか。ゆるゆるは、先生のこの話を考える時、個人的な感情は避けて通るわけにはいかないんです。前提としては、自分は漱石ファンです。渡辺氏の小説を読んだことはないですが、映画とドラマを通して少しでも知っています。そして、3年前、渡辺氏は復旦大学に講演に来たので=氏の講演を聞いたんです。だから、直感的に比較できると思います。 渡辺淳一の作品と言うと、すぐ出てくるイメージは変な男女関係だらけです。『遥き落日』のような作品もいくつあるんですが、結局そっちは上手くいけなかったので、男女関係を選んだそうです。若い頃好きな女(もう死んだが)をずっと忘れられないこととか、幸せな家庭を持っているが究極な性愛を追求して死んだ女のこととか、バカのように家族を捨てて心中しちゃったこととか、もっといっぱいあるらしい。しかし、それは本当の純愛であることと思わないんです。例えば、「愛の流刑地」は、ある意味で、作者の自分自身に対する、しかも妄想による生じた愛であると考えられます。渡辺氏の小説では、主人公が医者か作家の場合が多いのは、自分のことをモデルにしたわけです。そもそも作家に憧れることは、今の時代で少しあり得ない気がします。作家が偉いの?冗談じゃないよ。無条件的に憧れてくれる女性は作家の妄想です。そんなバカな女性を気にいて、いわゆる「恋」を創作の源泉とする男性も、臆病の者に違いないんです。 もう「自己を中心とする妄想」と言っちゃいましたから、漱石の自己本位に対する批判は無視できなくなりました。批判はしていましたが、『道草』はおそらく渡辺氏と同じような妄想から生まれた作品ではないだろうか、と思っています。しかし、こんな妄想を漱石は捨てようとする気がありました。つまり、本人は妄想を認識していたはずです。渡辺氏は認識したかどうかよく知らないんですが、たぶん本が売れるために読者を認識させたくはないと思います。 『道草』のいらいらしていることも、『こころ』の先生の死も、複数の作品にも見える子供を生んで育てられないことも、すべては人間不信から生まれた悲劇です。でも、他人を信じできない人は、殆ど最初は自ら誰かを、何とかの信念を裏切ったんですから、不信の結果は自分の蒔いた種です。漱石はこれを上手く書かれたので、素晴らしいです。 =============+++++++++++++================ いくら同じ流行作家であると言っても、時代が違うから、流行の内容も明らかに違うでしょう。なぜ明治時代では、人間の本質と行方を問わなければならないと思われて、今はセックスの本質と行方を問わなければならないと思われるようになったんですか。これは、明治より平成は堕落したわけではなくて、平穏の時代は激変の時代よりやる気が無くな りやすいと思っています。水でもそうです。なかなか流動していない水なら、いろいろ底に沈んでいくことがあります。ですから、人間性のような難しいことを考えなくてもいいです。別にセックスはもう十分複雑ですから。 要するに、流行自体は何も悪くないです。問題は、どっちが目的かどっちが手段かというところです。この意味で、漱石と渡辺ははっきりと異なっています。 ある年齢以上の、渡辺に興味ある男性は、殆ど家庭には問題があります。そんな過剰な誇りを持っているおっさんたちは、この社会の障害となります(例えば日本文学を少し読んだことあって、渡辺を日本の象徴を思い込んで、不倫を試したい中国人)。 ある有名な中国人翻訳者は、自分が尊敬する日本作家は二人がいると言っていました。一人目は漱石で、もう一人は村上春樹だそうです。村上は間違いなく売れっ子作家です。でも、売れることを通して、一般読者を考えさせるのは一番いいんじゃないですか。これは、啓蒙と麻酔との区別でもあります。 11/1/2007 日本史研究室第一回三种神器争夺战将于明日晚7点于札幌市北区北17条西4丁目某300元店举行
内容:炸鸡排、饭团、蛋包饭还是啥,吃完者胜
如两人都吃完,则移师大将继续比试肉丝炒饭
(公认)王者:M2伊藤
挑战者:M2高桥
裁判:M2松本
正式比赛之余,还将举行二种神器争夺战
M1 坂爪 VS M1见山
若伊藤获胜,则cosplay
若高桥获胜,则bg伊藤
第二组比赛以友好为目的,尚未设置奖惩措施 10/8/2007 それから(这篇blog原本应当用日文来写才对,但是考虑到近期本人的blog的访问数和留言数锐减这一现状,为了取悦更多的读者,决定先出中文版)
6月还是7月的某日,Mickey君不知是在哪儿发现了小森阳一“此刻重读夏目漱石”的讲演会海报,特意拿到研究室来给我。起因还是2月份滑雪的时候,归途中,泷泽爷爷跟我谈了一路的夏目漱石。啊,多谢了,Mickey君。 之后买票,讲演会的会场设在近代美术馆,然而问遍了一般发售预售券的各处,均回答不悉此事。最后只能按照海报上的电话打过去问,一位老爷爷接了电话,描述了n久卖预售券的地点(居然是在家里)。还好就在学校附近,于是跑到人家家里,坐下,买票。我之所以要讲述这个繁琐的过程,是为了说明这样的事实。这场讲演会的主办者,是札幌市教育委员会和“宪法九条协会”,也就是说,是个民间的非营利活动,其主旨与反战反改宪直接相关。在日本,反对修改宪法的人很多,你不能把反对改宪和反美或者反自民党或者反右翼(思潮)联系在一起,更加不能把反对改宪和亲华直接划等号,虽然这部分人都是反战的,但人家有人家的出发点。老爷爷姓鹫泽,年纪大了耳朵不太灵光。跟年纪大的人交谈,我挺犯怵。第一怕自己听不明白他们的表达,第二怕自己措辞不当有失礼节。鹫泽老爷爷说家里研究文学的奶奶正好住院去了,由他看家并卖票。鹫泽家跟小森家交往不浅,但具体的我完全没有听明白……老爷爷说自己年轻的时候在徐州修铁路,虽然不是军人没有上过战场,但也算是战争的助力者……还说要是奶奶在家就可以多跟我聊聊了…… 周四接到一个电话,原来鹫泽奶奶出院了,发现买票的人里面居然有一个中国留学生,于是百般诱惑我在演讲之后发言。——可以跟教授直接对话哦~~于是跟她们约好周六先碰一次头。周六在L·Plaza见到了慈祥的鹫泽奶奶和另外两位阿姨。因为我感冒很严重,她们给了我好多好多润喉糖~~关于提问这件事情我只有一个担心,因为此前博士哥哥告诉我说自卫队有人混迹在集会人群中偷拍照片——其实任何地方都不会有我们天真信仰的民主——万一被捅出去说中国留学生粗暴干涉日本内政,我岂不就完了。阿姨们大笑,说怎么可能呢,至少我们有思考的权利有发言的权利……听起来真的好民主-.- 于是,周一下午我顶着狂风骑车跑去美术馆听传说中的小森阳一来讲我最喜欢的夏目漱石。讲堂外面排了长长的队,有点出乎我的意料。教授先上台朗诵了《梦十夜》的第一夜,然后开始了演讲……原来在漱石的作品中有这么多地方涉及到战争啊……教授的声音太有魅力,听得我有些恍惚,恍惚中很想回到明治时代去。 后来就提问啦……被主持人隆重介绍了,问了一个从高三至今盘亘在我心头的问题:《心》里面的先生在遗书中说“我觉得明治精神始于天皇也终于天皇”。这句话,以及这句话与乃木大将夫妻殉死事件之间的联系我一直无法理解(btw有人很ci地在课堂上引用过这句话来说明一个啥问题,结果我更加莫名,现在明白了,引用是可以的,这句话可以套到明治时代几乎每一个方面去,但是仅仅那样的话,是无法触及问题的核心——明治政权与往昔日本政权的不同之处,在哪里?不是在它究竟学了荷兰英国还是德国,而是在于天皇,这个重于富士山的角色的崛起)。天皇的重要性我在这半年里被教育了很多次。教授还说,其实殉死这个行为在明治以前是被禁止的,结果这下维新啦,近代啦,我们不向将军效忠了改向天皇效忠了,所以乃木大将夫妻的行为在当时才会轰动一时。另外还问了一个很e的问题:您希望学习日本文学的中国人以及其他国家的读者,怎样来理解日本文学?教授很high地说:结合作品的时代背景~~阿哈哈,大受鼓舞,我一定要努力为很多很多小说平反去…… 还有一位老先生提了一个很牛的问题:请谈谈漱石与北海道的关系。在我印象中,漱石与北海道毫无关系(这一点上,北海道还不如所谓的“满洲”)。然而,如雷贯耳的回答出现了—— 夏目漱石的本籍地(原籍),是北海道的岩内郡(不知道大家对这个地名还有没有印象,就是我们研究室泷泽爷爷的家乡啦)。但是漱石本人一生中从未踏上过北海道的土地。在漱石(公开发表)的日记中透露过,自己在何时将本籍地迁至北海道。他迁户口的原因(不是为了高考加分)是为了逃避征兵。在日清(中日甲午)战争时,负责北海道开发的移民叫做“屯田兵”=武装移民,所以户口在北海道的人,自然被视作正在服兵役,所以不会被二次征发。漱石就是来钻这个空子的。由此,作家的反战精神可见一斑。听到这里,台下又提出了新的问题:为什么是岩内呢?教授一笑:这我就不回答了。Q:なぜ岩内(いわない)ですか。A:それは言わない(いわない)です。[这种幽默被称作駄洒落(だじゃれ),意为没有营养的笑话] 还没有结束。演讲会后,鹫泽奶奶和阿姨们又热情邀请我一起去高田屋参加庆功会。据说今年的演讲时间和内容是在去年的庆功会上就决定好的,可见小森教授对札幌这个根据地的青睐。原来小森教授下个月就要去清华演讲,我非常无聊的八卦了一下,他果然认得青山gg啊……吐血,早知道我就死活混到青山gg在清华出人头地然后帮我套个牛教授去念文学555教授很善良的说个么等你毕业回上海了我就去复旦演讲啊555我毕业是要回中国的可是我回不去复旦啊复旦跟我有啥关系我是被伊拉一脚踹出来的垃圾。不过艾姐姐那么喜欢漱石,小森教授一定会很受欢迎的。教授很同情地问我:被点名在100%日本人的会场里发言是不是感觉(阿姨们)很暴力啊~我顿时感受到了一堆哲学概念的重量555念哲学也很开心的反正我这人绝对不适合历史不适合的>.<跟阿姨们谈了很多很多,特别佩服她们在离开校园那么遥远的年代里始终坚持做着自己的研究。 最后,札幌小森阳一亲卫队队长鹫泽老太太指定了明年的演讲主题:樋口一葉。话说我原先不知道为什么一叶能够荣登五千日元纸币(而漱石却被从千元纸币上撤下了),不知道她为什么会红,但是看完《日本的时代史》之后就豁然开朗了(但是没有摸过漱石图案的千元纸币我死不瞑目啊),想知道答案的人自己去看书。教授立刻撒娇地说:好啊,那要您穿和服在台上扮一叶才行~众阿姨齐齐点头称赞。 |
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