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30/09/2008 过客 今天,是我搬家一周年的日子,换言之,是独自生活一周年的日子。
拟标题的时候发现,今年已经写过一次“一周年”,于是,回想起自己曾经熟记过的许许多多个“一周年”,入队、某次竞赛、某条短信。
这些事情对于自己人生的意义有大有小,但因为都可以在我的头脑中拥有一周年甚至n周年的纪念日,似乎又具有相同的重要性。
哦,不,我错了,重要与否,不能采用这么功利的标准来判断。
习惯了不去计划人生,因为计划赶不上变化,还不如习惯一下怎样应对人生的变数。因为自己太想要(不一定需要)安全感,所以狠狠心把对安定的向往一点点从心里剜去。趁身子骨还利索多飘荡几个城市,这句话最近挂在嘴边的频率越来越高。曾经是30岁之前一定要把小朋友生好,也许还记得一两个解析几何的公式可以辅导小朋友做功课。一起谈论这句话的女友,如今都……STOP!
今天终于见到了回到札幌的猫。一起去了Can Do,对着盘子碗除了流泪还是流泪。
老娘想要买属于自己的盘子碗!老娘想要有属于自己的厨房和床!
晚上博士爷爷打来电话,关心地询问我的前途。嗯,我要钱途,不要前途。
博士爷爷的话,总让我感慨痛哭。
有的人选择跟心爱的人去同一座城市。
有的人选择在同一座城市寻找心爱的人。
无论怎样都好。
因为,若无人喊停,我便只做一名(最好是有钱的)过客就好。
PS
看到两年前的一篇日志,md90年代的歌就是动辄歌颂一生一世。
PS.PS
写日志的优点就是便于迅速回忆起每一天发生过的事(所以周年纪念才会越来越多!) 24/09/2008 Childhood Memory 台风黑格比登陆广东的时候,我们刚刚乘上开往深圳机场的大巴,带着两个航班能否正常起飞的悬念,以及只睡了2个半小时的疲倦。
昨夜,在呼啸的暴风骤雨中,4个人借了50%感冒导致的一股子晕,围坐在27楼一张茶几前,开了近6小时的自曝大会。
在昨天之前,我甚至认为我们熟到根本用不着曝,但其实却是因为太熟所以很多事情从未被提起过。
从我们自同一所学校毕业算起,竟然已经哗啦啦地有7年时间飞过去了。自以为高中3年已经把俗世看透的我,原来仅仅是关于那个世界小缩影学生会,还有那么多事情昨天才是第一次听到。
Play with ourselves and Enjoy ourselves。原本是上届学生会留给我们的(负面)遗产,结果我们毫无犹豫地将其发扬光大。甚至我们几个人现在在做的事情,将来要做的事情,也都可以用这句“自娱自乐”来概括。
还有这4年来我做过的事情。
比如旅行和摄影。这么多年终于明白其实Share的精神到底还是为了愉悦自己。
比如食物和钢琴。会有人称赞你的手艺好,可最终起决定作用的还是其它。每一件事都不具有那么庞大的意义,一定要相加。
而钢琴,是点燃物欲的小恶魔。要花掉那么一大笔钱来追求的精神情操本身就称不上情操。得不到的永远也得不到,不管是6岁还是26岁,20年后纵使依旧声泪俱下也想不出钢琴对不弹钢琴的自己除去缅怀之外还会有什么意义。
深圳,这个城市我也算是来过了。也许不久还会来第二次、第三次。因为空气中(其实已经荡然无存)的一些气息,它显得有些亲切。
归途。后来才知道这个航班是从三亚飞过来经停深圳上海再飞往丹东,所以直到登机前5分钟它才匆匆滑进机场。起飞不久,广播里便能听到熟悉的旋律。
那是2006年冬天,我在霜星寮的钢琴前,一遍又一遍努力练习过的Childhood Memory。
离开以后,便渐渐忘记了左手的和弦。 10/09/2008 ゆるゆる×四つの嘘 みなさん、こんばんは。
えーと、今は合肥(ゴーヒー)の実家にいます。日曜日の朝11時に札幌駅から出発して、火曜日の朝11時(日本時間12時)に合肥駅に着きました。一日ちょっとF大周辺にパタパタしてて、するつもりのことを、なんと、すべて完成しました~すみません、嘘です。ゆるゆるは嘘好きです。たまたま嘘つきです。 聞いてみたら、それは、2010年上海万博のマスコットだそうでございます!ウソ 「Stop!Open your bag plz!」 (もちろん中国語で)と止められて、安全検査を受けました。あの、上海万博まではまだ600日がありますけど…でもほんとに軽い感じです。問題ではありません。 問題になったのは、それまで現金入れの操作は人工でしたが、ごく最近機械化されたようです。売券機など三台ほどが入り口に駅員と一緒に並んでいます。そこで、カードを入れて、…入れられません!機には使用説明などは一切書いてありません。まさかまずは現金?と思って、紙幣を入れました。順調でした。突然に、スクリーンに 「しばらくサービスを中止させて」 と現れて、しかも、返却レバーも見つかりません! ウソ 「待って」と言われて、3通の電話を待たせられて、幸いに、解決されました。しかし、駅員も暇だし、もっとはやく機の故障を直してほしい!意味ないもん! 「帰ったの」と教務の先生に表情なく歓迎(?)されて、「さっさと復学手続きをしろ」と命じされて、 「あの、申請書はどこでもらえる?」 「所属の研究科」 (あ、日本では、教師は教師、事務は事務ですが、中国では、すべて「先生」と呼ぶべきです。) さっさと棺材楼に行って、歴史学系は西の19階にあるのに、東のタワーに間違って上ったのような馬鹿なことも経って、空白の申請書に教務主任のサインをもらいました。 えーと、長くなっていますが、少し説明させていただきます。 ゆるゆるは、もともと今年の六月に卒業する予定ですが、北海道に逃げてきたので、まだF大の2年生相当です。休学は最大2年間ですから、復学しなくては退学になります。復学しても、修学延長の手続きもしなくてはいけません。なので、少なく3人のサインと判子が必要です。去年のこのごろ、一週間ほどかかって、各方面と交渉しましたが、最後は指導教授の面会拒否に遭って、やむを得ずにとなりの韓国史の副教授にウソをついて、代わりに彼のサインをもらいました。 なので、この一年間、もちろん自分の指導教授と連絡するわけもないです!Pikkoro氏と雷さまに言った例の渡辺淳一風のおっさんですから、できれば今回も会わないで済ませたいですけど。 実は八月から夢の中で2回ほど戦いましたが…だって、この前わざわざ日本語でメールや電話威張りをした悪いやつに決まってるもん。 でも、このヤクザ横行の世界で、ヤクザより威張ることは王道だと思いながら、直接にこのおっさんの研究室にノック 意外に歓迎されて、さっさとサインももらいました。 じゃ、去年は何なの?もっと前は何なの?これからも振り回すつもりだろうと叫びたかったほど腹立ったのですが…いや、自分はこの時、喜んでいると言うべきです。 とにかく、北大での学業が続けられますのでT_T Pikkoro氏とMickey氏と同じ卒業式に出席できるように修論に専念できます あとはさっき書くことに間に合わなかった申請書の空白を埋めて、もう一度研究生院に行って出しました。一応、復学しましたが、学生証も登録してないし、履修登録もしてないし、党費も払っていないし、もちろん授業に出るのは不可能です。 最初からウソで始まるなら、後はウソの重ねにしかないと痛感しています。 ちなみに、本屋でこのおっさんが書いた日本通史をぱらぱらと見ました。文章は相変わらずいい感じですし、内容も日本の研究成果を直接引用したものが90%ですし、いわゆるこれまでただ一冊のマルクス主義日本通史とだいぶ違った作ですが。なぜか明治憲法成立史の部分は1960年の一冊しか参考文献が使われていません。今年にかけて東京で書いたはずですが…小説として読めばきっとおっさんの弟子になりたい馬鹿若者がまた増えるでしょう(補足:普段容易に日本の研究書や論文を手に入れない学生にとっては読んだらいいかもしれないが、渡辺淳一論は絶対だめです!) 心配しながら、地下鉄で上海駅に行って、相変わらず混雑な通路を潜って、窓口に来ました。 電子情報には、8日より5日間硬座全部売り切れ、軟座は「--」という意味不明な表記になっています 「明日お昼、合肥行き動車学生票、ありますか?」 「あるかどうかしらね、くれ!」 くれ?何かを与えるのよ!クソババ…と呟いても、当たり前学生証を渡して、120元の学割で買えました~え?無いんだって?またウソ!ばかやろう!何より40元ほど安く買えたのはうれしいですが、 チケットは11時じゃなくて朝7時です 仕方なく、翌9日朝5時起きて、5つの荷物を曳いて、地下鉄乗り換え、電車に間に合いました。ちなみに、地下鉄に上がりしかエスカレーターはありませんし、唯一あがるところもエスカレーターなし、とても疲れました。最後、駅のなかホームに下りるとき、たくさんの人は細い入り口で並んで待っているようで、エレベータかなと思って、行ってみると、ほんとだ~エスカレーターだ~と興奮して、もう一回見ると、My God、それはみんながエスカレーターを歩いて降りるのです。 幸いに、電車はとても快適ですから、ある程度に慰められました 「和諧」のため、車内放送は「盗まれないように」という言葉を避けて、「間違えてとられないように」に変えられています。 「和諧」のため、トイレの使い方からわれわれ土人に一々と説明してくれます。 「和諧」のため、乗務員はすべて身長170以上の美人です。 ちなみに、座席は東方航空の飛行機よりも快適です。 左は海水、右は火炎、これは、現在進行時のウソの世界? |
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