新新's profile星空叙事曲PhotosBlogLists Tools Help
    29/04/2009

    隔世之恋

    回国整一个月。严格的说,今天已经是第二个月的开始了。
    原本纠结着要不要花上四千大洋勇闯成田(依照法律,我可不是试图非法入国) ,结果猪流感肆虐,偶一个回国3周感冒两次的人还是外出自肃吧。
    这样想着,就像此生再无可能回到那座城市一般,内心开始持续疼痛。于是我开始相信,人世间有许多事情的发生,不是巧合,而是注定。
     
    在到达那座城市之前,不知道人原来可以轻而易举的爱上不是家乡的地方。或者是不知道原来养育自己的地方并不一定就能成为家乡。
    这个国家匪夷所思,可以用房产、户口等等朝不保夕的东西来标记一个人,一面却还又强调爱的力量土生土长。
    (永远有多远,就请滚多远……吧)
    不论单脚跳跃在哪一块砖上,都始终找不到自己的地方。找不到承认自己的地方。
    直到遇到札幌。
     
    在尚未分清东西南北之前已经把自己称作是“札幌人民”,才不管自己并没有也不可能有那标志身份的“住民票”。
    既然全宇宙的民主都是过家家,多一枚我与少一枚我也并不会影响历史的洪流。
    我宁愿相信有这种感觉是因为自己交房租自己买保险,也不愿意承认城市与城市的差别,然而这差别却又是那样赤裸裸的天差地别。
     
    家的感觉。
    即使只有一个人,依然是家的感觉。
    属于我的,我的家的感觉。
    除此之外,在任何一片土地上都只有さすらう。
     
    也许是感情天平的失衡让我迅速坠入对札幌的爱恋,陷入对札幌的依恋并且至少迄今仍然无法自拔。
    但是这重要吗?没有人在百年白头之后还会纠结当初究竟是怎样的眼神怎样的风情万种。童话的开始往往只是讲故事的人一个在午睡时的梦。
    这一梦醒来,恍若隔世。
     
    步行的时候会自动换算:大约有几条的距离。
    加班到深夜,透过大大的落地玻璃窗瞥见外面流淌的霓虹,恍惚以为是JR开往千岁方向。
    虽然疑惑,即使自己交房租自己买保险其实也不曾被那城市真正接纳过。因为我们没有也不可能有住民票。
    但即使今天,也仍然习惯地自称为“札幌人”。
     
    愿雪会记住。
    这段隔世之恋。
    23/04/2009

    マンゴが咲いている街

    我终于知道为什么日本的银行一家接一家破产倒闭合并了,因为他们的窗口后面坐了太多的职员
    要知道,在伟大的天朝,6个窗口后面只有2个员工在工作!困惑


    深圳の花の写真が見たいと言われました。

    いつもデジカメをめがねとしてこの世を見ている私でも、その注文には応じられなく、ちょっと困っています。
    だって、この一週間に花という植物の器官を見たことはありませぬ。

    深圳は、人口が860万+(56コ民族)、面積が1952.84平方キロで、森林率が47.6%に達ていて、中国では高い方だそうです。
    平均気温22度ぐらいですが、湿度高い亜熱帯海洋性気候に属しています。

    会社の前のストリートの名前の通り、「創業」が、都市のキーワードとして挙げられます。
    街の中は、若い人が溢れて、活気ある都市だと誇っています。
    その人たちに蔭を提供するのは

    マンゴの木


    ところが、今回の金融危機のため、街の中は全然活気がなく、住所の近辺はもともと住宅商業街だったけれど、
    今は、ほとんどの小売店がつぶれてしまい(下の写真)、近くの中型のデパートにある一軒の韓国レストランも半分休んでいるみたいです。
    これと比べれば、上海はまだまし。



    こうする高層ビルに囲まれる生活はしばらく続けます。
    下の写真は会社の建物の四階にある休憩場所。

    デパート、スーパーやコンビニでは店員のサービス意識が比較的に良いそうです。
    しかし、銀行はダメです。
    態度はいくらぐらい良くても、能率はないとお客さんが困りますよ!
    ただの新規も2時間近くかかっちゃった体験は生まれて初めて。
    あと、郵便局も怠け者です。
    たとえ「(いわゆる)中部奥地遅れた都市」の合肥といっても、郵便物が家まで配達されるようになっていますけど。
    こっちでは、改めて配達費を出さないと、自分で郵便局まで取りに行くしかありませぬ。
    深圳郵政よ、早くバイクじゃなくて車を買えよ!

    06/04/2009

    地震

    2009-4-6 22:22:37 M3.4 E117.50 N32.00 12.0Km
    安徽省合肥市肥東県

    さきほど凄い揺れを感じました。
    地震だ衝撃と親に言ったら、流されました。
    でもいとこが電話をくれました。
    いとこの兄は四川出身で、幼い時地震の体験がありました。
    お互い気をつけてと言ったくらいでした。

    その後、地元のクラスメートの間、地震の情報を流しはじめました。
    まず、中国(安徽、合肥)地震局のHPは接続できなさそうです。
    一枚の衛星写真によって、上の情報を知りましたが、
    公式報告は何もなかったです。

    友人によっては、電話も繋がらないそうですが、うちは大丈夫みたい。
    まあ、このぐらいの揺れ、もし札幌であったら、テレビを見てから寝るかも(苦笑)
    しかし、一般人はそれを知らないままに、家から逃げ出して、広場に集まりはじめました。
    (ただいま外はうるさくてたまらないから、眠れない)
    いとこのほうは、布団を持って車で移動しようとする人もいるそうです
    クラスメートも出ようかなといろいろ迷っているらしい。
    だって、余震あるかどうか、近いうちにより大きな地震があるかどうかについては、一言も見付からないから。

    まだ札幌にいる中国人留学生の友人から、
    昨日、四川大地震の時の寄付に対する感謝状が届いたって
    報告があった。
    国家地震局のHPにも、四川大地震に対する追悼の文章だらけ。
    「全国人民」が四川大地震をしっかり覚えていますが、
    ほとんど変わっていません。
    生きている人にとっては、変わっていません。

    日本は進んだ国だってような話は普段はしたくない。
    でも地震だけ、地震の際の対応だけはどうしてもみんなに見てもらいたい。
    電信局で働く友人に聞けば、答えてくれるはずですが、
    なぜ地震があった時、電話はあえて繋がらないか?
    でも一般人は、誰もそれを知らないですから、怖い。
    日本のような災害伝言板がないですから、怖い。

    さっきの揺れは地震ですか?
    地震があったら、どこへ、だれに、正しい情報を求めますか?
    さきほどの地震だけではなく、これからはどうなりますか?
    私たち、みんな生きたいですから。
    03/04/2009

    脱北生活

    長い休みが始まりました。
    本文の主旨は「上海嫌い」のはず

    29日は大変でした。
    見送るよって言ってた友達は、朝寝過ごしました衝撃 (前日は夜遅くまで付き合ってくれて心からありがとう>.<)
    でも彼女の自転車を盗んで研究室まで一往復
    N部先生と会いました(偶然です偶然)
    「お、○さん、写真見ましたか?」
    そして、げっそり
    まだ見ていません…
    卒業式の写真も、もう銀河に散りましたよね
    自分の撮った分をアップしましたが、整理せず、フォルダのもとに全然関係ないファイルも入っているかもしれません
    関係者に申し訳ありません

    駅北口のAUショップに行って、担当は
    契約の時のお姉さん衝撃
    二年半の間にも何回もあったので、覚えてくれたはずですが
    凄い偶然と言ってもいいかしら
    とにかく「さようなら」と言える人がいて良かったです

    あまりにも感動しすぎたので、駅では
    エスカレーター見付からなかったです
    から、自力で上まで運びました
    ため、その日はずっと電池切れの状態でした。
    空港ではまた荷物の重さが疑われて、お菓子と本を抜き出した後無事預かってもらいました。
    でもお菓子の保冷剤は
    国際線持ち込み禁止!
    のはずですが、ゆるゆるはヤクザなので持ち込んでしまいました。
    人間としてのヤクザ性と市民としての道徳心と戦いましたが、やっぱりヤクザ性が勝ちました。
    いつも手荷物3点でしたが、今回は全部預かったので、免税店で、また韓国にいた時のように、手持ちの現金を他人のお金ではないかのように節制なしに使ってしまいました。
    そういえば、上海行きは全て東方航空運航なので、食事はなしと思ってもいいぐらいですから、みなさん行く時ぜひクッキーや食パンを持ち込んでください!
    機内は凄く空いていましたから、たぶん白い恋人一人100箱を買っても持ち込みが出来ると思います。
    ですから、なぜいつも無事に持ち込んだスーツケースはだめでしょうか。
    まあ、不思議な世の中ですから。無事って何より。
    ただし、ヤクザのスイッチが入れられちゃうと、後は大変ですよ

    上海に着いたら、もう脱水瀕死状態に近くなりました。
    パスポートにある変なスタンプが疑われましたが、荷物の安全検査は「要らない、まっすぐ行け」と言われました。
    …誰がヤクザなのよ
    出口に親の姿が現れて、とても嬉しかったです。
    だって、タコじゃないと、手がたりないです
    そして、タクシーしか移動手段がない現代化が進んだ浦東新区を自宅まで走りました。
    上海人には北京五輪の「総力戦」を嘲笑する資格を持っていない!
    文句、帰宅、爆睡

    30日からは密輸の嵐のCD、上野樹里のアルバム、化粧品などを運んだり渡したりして、いっぱいハグされましたわーい(嬉しい顔)
    高校時代の友人と上海のバーを初体験、なぜかカクテルはソフトドリンクみたいな感じですが、1ドリンクで千円ぐらい高価だと思います
    F大で某籍を回復してもらいたかったですが、学籍がなければ(今は仮強制退学だそうだ)無理みたいですので、とりあえず放置。
    夜10時のバスは詰め込んで、乗ってからずっとドアに貼付けた状態で、足もドアに挟まれました(やっちゃった~)
    不満を示すために運賃を払いませんでした
    (カードを照らす機械に近付けられないままに降車あせあせ(飛び散る汗)

    ますます来年の万博を楽しみに
    でも自分は一足先に
    菜の花が満開してる「郷下」に